水辺のアルバム。

シングル介護、そして、ひとり暮らし。

日常。

父の 四十九日法要を終え、納骨も済ませました。母のお骨が入った布袋に寄り添うように。母は独りお墓の中で3年半、きっと寂しかったことでしょう。母の元に送り届けることができ、ようやくホッとしました。

夢で会いたい。

明け方の夢にほんの一瞬、父が、おじいさんのまま登場。元気に走っている夢でした。「あっ」父だと思った瞬間、目が覚めてしまい。

選択と後悔。

心臓ペースメーカーの植込み手術をしてから半年余りで心筋梗塞で亡くなった父。手術を受けてよかったのか、もし受けない方を選択していれば?死期は早かったかもしれない。それでも、父は心筋梗塞の痛みに苦しむことはなかったんじゃないか。

死に場所難民。

『2030年には47万人が「死に場所難民」に! 病院でも家でも死ねない人が続出』(dot.ニュース)これ以上ゾッとすることがあるでしょうか?

母の気遣い。

100歳以上の方が全国で6万5千人余りおられるそう。父の89歳の誕生日に「100歳も目前やね」「がんばるわな」と話しをしたばかりだったのですが、叶いませんでした。

マイカーは生きがい。

来年3月施行の改正道路交通法で75歳以上のドライバーに義務付けられる認知症診断。認知症を発症していると診断されると免許は取り消しに。父の認知症診断と車のことで心を砕いたことが思い出されます。

気配。

3年前、母が亡くなったときは父の介護に追われていたのと、打ちひしがれている父がいて、私がいつまでも泣いている場合ではありませんでした。

父の終活。

父は近づきつつある死を意識していた?自分の年齢の記憶はあやふやでしたが、やはり体力的に感じるところがあったのではないかと思えます。この半年ほど、父はよく感謝の言葉を私に言ってくれました。

日曜日が怖い。

毎週日曜日は父を訪ねていました。毎週、日曜日。日付けの認識が出来なくなった父が私の姿を見て、「ああ、今日は日曜日か。仕事休みやな」と気づいてくれるようにと。

後片付け。

父の満中陰が明けるまで、実家でひとり暮らし中です。葬儀を終え、市役所で介護保険証の返却など諸々の手続きも淡々と済みました。淡々と。 2年間お世話になったサービス付き高齢者住宅(サ高住)の片付けも終わりました。すでに父が使っていた車椅子も、ベ…

父の旅立ち。

夏の終わり、大雨の日に父が旅立ちました。父の亡がらを見ても、小さなお骨箱を見ても、まだ実感がわきません。まだホームの部屋を訪ねれば会えるのではないか…。 父が緊急入院することになる日の明け方、夢をみました。父と母が並んで立っていました。その…

要介護5の意味。

父の要介護認定結果が出ました。引き続き『要介護5』とのこと。介護度が高ければ、安定して手厚い介護サービスを受けてもらえる。安堵する反面、父は最も重い要介護5なのだ、それ以上の数値はないのだと思うと胸が痛みます。

ダブルレインボー。

月曜日の雨上がり、二重にかかる虹、ダブルレインボーに出会いました。(左側にうっすらと写っているのが分かりますか?)スピリチュアル的には幸運の前兆で『卒業』と『祝福』という意味を持つとか。 3日後の今日も特に変化はありませんが、楽しみにして過…

罪悪感。

2年前の夏からサービス付き高齢者向け住宅に入居している父。二人して高熱でダウンし、「このままでは共倒れしてしまう」。1対1の在宅介護に限界を感じて決めた施設への入居でした。

4年後。

五輪漬けの日々も今日で一旦終わり。感動、興奮、涙。すべてのオリンピアンに「ありがとう!」 4年後を想像してみる。私は、なんとアラ還ではありませんか!どうか健康な身体で五輪観戦に行っていますように。そして、93歳になった父が元気にテレビ観戦し…

五山の送り火。

今日8月16日は京都の『五山の送り火』。お盆にお迎えした精霊を再び冥府にお返しする精霊送りです。今夜もさぞ大勢が見物に出かけられることでしょう。若い頃はただロマンチックな光景と出かけていたものです。 それが大切な人たち、特に母を亡くしてから…

介護離職ZERO。

父をひとり在宅で介護していた2年間は、介護保険サービスと『介護短時間勤務制度』を利用しながらの勤務。8:30デイサービスのお迎え→乗ってくれれば即、駅まで10分自転車を飛ばし→1時間強の通勤→5時間40分働いて→駅まで走り、また1時間強。→自転…

お盆に会いましょう。

オリンピックだし、甲子園だし、お盆だし、なかなか忙しいですね。錦織選手の準々決勝を見ながらご霊膳の準備。和尚さんをお迎えして、5分で終わりました。和尚さんもお盆はたいへんお忙しい。

残暑お見舞い申しあげます。

夕暮れがとてもきれいでした。かすかな秋の気配。今頃になると決まって頭の中を流れる、ユーミン、荒井由実時代の『晩夏(ひとりの季節)』。詩もメロディーも美しい、大好きな1曲です。

花火大会。

地元の花火大会を公園の芝生に座って鑑賞。うだるような猛暑も、夜になって意外なほど涼しい風が吹き抜けていきます。「ハート!」「カエル!」「ドラえもーん!」あちこちで子供たちの可愛い声。大人たちからも自然と拍手が沸き起こり、なんだかすごくいい…

巡り会うまで。

父のデイサービス事業所は急に迫られて、とりあえず受け入れてもらえたらどこでも有難いという感じで決めてしまい、結果、わずか1ヶ月で変わることに。そこは開設間もない所で、食事は宅配弁当。父が同じことを何度も言うと他の利用者さんから苦情が出て、…

兄弟姉妹。

両親とも戦前の生まれで、大人数の兄弟姉妹。父は7人兄弟の末っ子。長兄を戦死で、次兄を戦時中に結核で亡くしています。年の離れた二人のお姉さんに可愛がられて相当な甘えん坊だったらしく、70代になっても「◯◯ちゃん」ってお姉さんたちに呼ばれて嬉し…

さようなら、大横綱。

千代の富士さんが亡くなられて落ち込んでいます。まだ61歳。早すぎる。中学生くらいから見ていたのか。『ウルフ』精悍な印象の千代の富士さんにぴったりでした。昨年の北の湖理事長の死もショックでした。小学校の書き初めで『北の湖』と書いたことを思い…

更新さみだれ月。

私の居住する市では6月から7月にかけて、父が利用する福祉医療制度の更新が五月雨式にやってきます。 まず①6月初旬、保険年金課から『後期高齢者医療費』自己負担1割か3割です。条件に該当する人は申請すれば1割、申請しなければ3割のままです。前年度…

転倒は怖い。

ある日、お風呂に入っていて全く動けなくなった母。私が手を貸そうとするのを払いのけ必死に自力で湯船から出ようとするけれど、もう脚に力が入らない。父と二人でなんとか湯船から引き上げて、救急搬送。

苦しかった。

母が亡くなって3年余り。今は母の“物盗られ妄想”が引き起こした数々の出来事も懐かしく思えたり、笑い話のように振り返ることができます。それでも、その矛先が私に一極集中だった初期の頃は、本当に苦しくて苦しくて。毎日が地獄でした。

暑中お見舞い申しあげます。

今日は二十四節気の一つ“大暑”で1年中で一番暑い時。水辺に建つ我が家は涼しい風がよく通って心地いい昼下がりを過ごしていますが、一歩外へ出ると猛烈な陽射しです。セミもジリジリ鳴いています。未だ梅雨の明けない東京の気温が22℃と聞いて、ちょっと羨…

介護世代。

先日、新居祝を持って同級生が泊まりに来てくれました。高校2年生から40年(!!)の付き合い。年に数回会っているのに、また高校時代の思い出話をひとしきりして「高校2年生のときが一番楽しかったね〜」というのが毎回の結論。

ひ孫誕生。

母の物盗られ妄想発症から5年。激しかった一時期に比べるとずいぶん軽くなってはいたものの被害妄想はあり、よく拗ねてプチ家出の用意をしていたり。また、この頃には季節が分からなくなり、昭和のモダンガールでとてもおしゃれだった人が服にも拘らなくな…

父の異変。

母から噴き出す私への怒りや憎悪を、2年近く一身に受け止めてくれていた父。私が深夜ドロボウさんを手引きしてクルマに着物を積み込んでいたとか、私が母の悪口をあちこちで吹き込んでるのを知ってるとか。

ドクターG。

NHK総合の人気番組『総合診療医“ドクターG”』で数年前に放送された『様子がおかしい』。このときの症例が母の場合と非常に似ていて、母もこの患者さんと同じだったのではないかと衝撃を受けました。

白内障の手術で。

最期まで認知症専門医に診ていただくことがなかった母ですが、ひょんなところでドクターの“認知症”宣言を受けました。まだ物盗られ妄想が続いていた頃、白内障の手術を決めてきた母。すると眼科院から私に呼びだしの電話が入り、ドクターのお話を聞くことに。

物盗られ妄想。

怒りと疑念にとりつかれて、2年ほど荒れに荒れた母。夜中に財布や宝石を「盗られた」と騒ぎ出し、睡眠不足になりながら何度探したことでしょう。いわゆる“物盗られ妄想”。認知症の初期に見られ、身近な人が疑われるということですが、日中ずっと一緒にいる…

母の異変。

3年前に88歳で他界した母も認知症だったのだと思います。専門医に診断してもらった訳ではないけれど(というより拒否され続け)、いろいろな行動からおそらく。不可解な行動が見られるようになったのは80歳になった頃。ひどい貧血で食事が摂れず、起き…

パラサイトシングルの結果

在宅でシングル介護してきた両親。母を看取り、アルツハイマー型認知症の父はやっと穏やかに過ごせる施設に出会えて一安心。私は気分一新、実家を離れ水辺に建つ新居でひとり暮らしをスタートしたばかり。ここへたどり着くまでの10年余、振り返ればいろい…